Essay [Concepts under construction]

【連載エッセイ】

概念工事中

長野智夫


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■2002/4/2 【15パズル】
そういえば15パズルに解がない問題があるって知ってました?
実はあの何かもうひとついれなきゃ…というときにポップアップして、始発で会社に行ってゲーム内スクリプトでチャカチャカっと作って急遽入れてみたのですが、クライアントのデバッグ隊から「この問題は解けない」という指摘が!
早速ネットで調べてみると、そういうことを数学的に紹介しているサイトがあり、「あっ! ホントだ! 解けない組み合わせがある!」と、大発見と同時に大恥をかいてしまいました(笑)。
その証明はよくわからなかったのですが、よく考えてみれば以下のように、素朴思考法でもこの種のパズルに解がない問題があることが理解できます。
まず15パズルの一番シンプルな形態を考えてみます。
それは、2×2マスで1マスだけ欠けた、3パズルというものです。
12
3□
ここで2と3を入れ替えてみましょう。
13
2□
するとアラ不思議。いくら操作しても、絶対に
12
3□
にはなりません。
最初にコレを考えていれば…適当に問題作成ルーチンを作らなかったのに…という感じです。
これで新たに“この歳になって”シリーズとして、「素人考えを製品に応用してはいけない」という一文が加わりました。

■2002/4/6 【プリンシプル】
先日、クライアントのディレクターに企画(途中)を見てもらった。
普段ぜんぜん論理的な人ではないのに、「軸が不明確」「一点突破が必要」「遊び全体としての必要構成要素」「全体構成の作り方」(意訳)といった話をされ、思わずうなる。
普段の言動とは別に、遊びの原理のようなものを押さえている人なんだなと、なんとなく思った。
これは僕もつかんでいかなければならないと思った。
しかし、この人はなんでそんなことを知っているのだろう、経験か…、天然か…、謎が残った。

■2002/4/9 【サボり】
昨日は久々に本紹介をやった。忙しくて会議がなかったり、徹夜で仕様を入れていてぼーっとしていたり、企画が泥沼にはまってぼーっとしていたりで、サボっていたのだ。
1ヶ月ぶりにやってみたら、なんかダメでしたね。今までで一番ダメでした。反省。

■2002/4/14 【のんびりした休日と大げさな原稿】
久しぶりの休日で、どうすごしていいのやらわかりませんね。
明日紹介する予定の『トウキョウヘッド』の原稿を書く。
コレ一冊では間が持たないから、次の『バーチャロン・スキマティック』も一気にやろうかと当初考えていたが、書いているうちに、文化の発生の瞬間を垣間見るというようなことにまで話が飛び(笑)、いつもどおりの長さに収まった。

■2002/4/15 【どうしようか…】
今日は本の紹介日だった。朝早く来やがった人がいて、1回しか練習できなかったが、仕事的にはわりと暇だったので、イメージトレーニングでなんとかなった(のか?)
買ったばかりの千夜千冊Tシャツを着ていった。これからは毎週これを着てやろうと思う。
次は『バーチャロン・スキマティック』で、この本は基本的にはバーチャロンの設定などを紹介した副読本なのだが、後半部分が一読に値する。
バーチャロンのコンセプト企画書(というか、かなり大げさなマニフェスト)や、スタッフの座談会、そして、ディレクターの亙重郎氏とガンダムの監督の富野由悠季氏の対談などがそこにある。
全編通して熱とビジョンで満ち溢れていて、僕などは読んでいてとても気分が良くなるのだが、これを説明するのは難しい。
この人たちがやろうとしているのが、おそらく、“新しいカッコよさを共有する集団を作り出す装置としてのゲームを作る”というようなことだとは思うが、これ、今みたいに一言でいろんな修飾語を並べて言ってしまうのは簡単なのだが、その背景とか、どういう仕組みでそれを実現するのかといった部分が、いまいち僕もわかっていないからだ。
なおかつ、そういうビジョンを実際のゲーム作りに反映できるのがたぶん全体の1%くらいで、あとの99%はやっぱり地道なゲーム作りなのだから。
現場で話すには、そういう地道さとビジョンのつながりみたいなものを提示しないと、説得力に欠けると思う。
それよりもその99%の方をいかにうまくやるかみたいなことが、本当は望まれているような気もする。
でもまあ、いいや。
とりあえず、紹介だけでもしておこう。
次次回からは、田尻智の『新ゲームデザイン』(実はゲームデザインをまともに論じた本は日本にはこれしかない)を皮切りに、図像学→編集工学→理念は形を成す→ウインドウシステムの技術開発の流れ、といったような本を紹介して行こうと思っている。
ここからが本番かな。

■2002/4/18 【カードゲーム】
カードゲーム製作中。基本的にロジックだけが頼りなゲームだけに、考え込んでしまって先にすすまない…。
ええと…、こんな話を読んでも、しょうがないですね。
小室直樹 著『日本人のための宗教原論』が面白いですよ! 僕もまだ序文と目次しか読んでないけど。

■2002/4/21 【つながった!】
明日は『バーチャロン副読本・スキマティック』を紹介しようと思っていたが、同じような傾向の本ばかり続くのも芸がないと思い、急遽、冨田勝著『ゲーム少年の夢』を紹介することにした。
この本は、ゲーム少年だった著者が、ゲームがきっかけでアメリカの大学院に進み、がんばって博士号を取った話を綴った半生記だ。
で、原稿を書いていたのだが、書いているうちに、その『バーチャロン副読本・スキマティック』に話がうまくつながった。
自分でもちょっとうれしい(それでここにこんなことを書いているのだが)。
『バーチャロン副読本・スキマティック』も、どういう話にするか、現場で紹介する意味というのがなかなか思いつかなかったが、それもひらめいた。
「この人たちは、なぜこんなにアツいのか?」という話にしようと思う。
言い換えれば「アツい現場にする方法」さらに言い換えれば「ゲーム作りで世界の縁に立つ方法」というような話だ。
これからも、こういう、異分野の往復というのは、やっていった方がいいのかも知れない。

■2002/4/23 【マズい傾向】
昨日は本の紹介日だった。昼近くになるまで誰も来なかったので十分練習ができたため、しゃべり自体はうまくいったのだが、反応がよくなかった。
なんというか、最近笑いが取れなくなってきて(笑)。
笑って欲しいところで笑いが起きなくて、わりとマジに受け取られてしまっている箇所が多々あった。
これはよくない傾向だ。自己満足度が高まっているということだろう。これからは気をつけなければ…。

■2002/4/27 【マスターアップ休暇】
製作していたソフトも無事マスターアップとなり、ゴールデンウィークはずっと休みだ。
やることがないとはいえ、無為に過ごすのもなんなので、とりあえず12個ほどやることを考えてみた。
まあ12個といっても、「布団カバーを洗う」なども含めて12個なのだけれど。
同僚から薦められた『佐藤雅彦全仕事』を読む。
これはスゴイ! 方法論を考える→実践する という過程をキレイにふんでモノ(CMやデザイン)が作られている!
このやり口には感動するとともに、あこがれる。
だが最後まで読むと、どうもこれはこの人だからこそできる方法だという気がどんどんしてきて、自分とのあまりの落差に、もう一瞬自殺したくなったくらい。
ここで思い出したのが、ほぼ日刊イトイ新聞で読んだ、
“頭にバンダナ巻いたオタク兄ちゃんがキムタクを見て「ああ、オレはなんてダメなんだろう…」と嘆いているのと同じ”という例え話(笑)だ。
ああ、そうだ、佐藤雅彦と自分を比較して嘆くのはこれと同じだなと思うことにした。とりあえず。

■2002/4/29 【新概念】
『イメージ生産の技術』(別冊宝島48 西岡文彦著 宝島社(JICC出版局))という本がある。
あまりにもいい本なので、僕は以前、人にあげたことがあるのだが、1年くらい前に偶然再び入手することができた。
で今日ふと、以前読み飛ばしていたところを読んでみたら、大発見。ますますいい本であることが判明した。 本日新しく学んだのが
 1.読み替え読書術
 2.カナリゼーションという概念
この2つから、例えば、僕が生物学の本を読むということが、どういう意味を持つのか(あるいは、どういう意味を持たせることができるのか)ということを、いきいきとイメージすることができた。
本は読み替えて読まなければならないもので、なおかつ、それを媒介にして好き勝手なことを考えるための道具であるという、そういうことですね。
うすうすそうだろうとは分かっていたけれど、実例を示されることというのは、なかなかないと思う。
ちなみにその実例とは、筆者はデザイナー兼プランナー兼編集者兼イラストレーター兼版画家みたいな人なのだが、「作品の製作中に電話がかかってきて、つい長電話してしまうことで、製作中の作品がどのような影響をこうむるのか」という疑問を、生物の発生過程を分析した論文を補助線にして考察するというものだ。
結論として、「なるべくようになっていく」つまり「なるようになる」ということが導き出されていて、痛快なのだ。

■2002/4/30 【暇読書】
暇で本を読んでいると、追っている内容が、頭の中を上滑りしていくのが感じられる。
そしてときどき、ちょっと引っかかるフレーズがあるのに気づく。
それが字面と、自分の内部にあるものが対応しかかっている瞬間であることに気づく。
線を引きながら本を読んでいると、ある言葉が、次々と言い換えられながらずっと引っ張られているのに気づく。
このことは、ルディ・ラッカーの『思考の道具箱』に、「ある概念を示す神経ネットワークの状態の情報量は、ビットに直すと、だいたい本一冊分の情報量と同じだ」と書かれていたことを連想させる。
このように、読んだ内容と関係ないことばかり思いついていることに気づく。


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 日本偽現実工学会会報 [The Bulletin of Japanese Fake Reality Engineering Society]
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