Novel [The Last Spurt Diary]

【小説】

追い込み日記

田村耕三


【5月編】 【6月編】 【7月編】 【8月編】

1998年6月1日
インドに続いてパキスタンの科学も進歩してしまうとは!
すごいなあパキスタン。頭いいなあ。
経済制裁を見越して国の歳出をいきなり5割減らす(笑)っていうのも根性あるなあ。
日本も少しは見習えよ(ってなにを見習うのかわからないけど)
(っていうか見習ってたらヤバイか。どんどん景気がわるくなるし。みんなもっとモノを買わなきゃ駄目だ。リサイクルなんてやめろ。モノを大切にするな。モノを過剰に作って過剰に消費して過剰に捨てる。この3つの原則が現代社会を成立させる必要条件なのだ。それなくして福祉も環境保護もない。お金に余裕がないとそういうことはできないからだ。)

1998年6月2日
中間ROM出し1日前。結局予定の6割程度しか作れなかった。終了まであと1ヶ月弱。果たしてどうなるのであろうか。
新章に突入したはずの夢のような話シリーズだが、前の話もかなり引きずっていることが判明。
ああ…夢って何なんだろう?

1998年6月3日
ウワサの携帯マシン『LOVE GETTY』(男用)を購入!
しかし、後で話を聞いてみると男用と女用の売れ行きの割合が10:1くらいだということだった。
う〜ん…どうりで。男が持ってるマシンばかりに反応するので、おかしいとは思っていたのだ。
まあその場は仕方なく、その男と立ち食いそば屋に入ってそばを食べたりしたが、話的にはあまり盛り上がらなかった。

1998年6月4日
会社最大最後のプロジェクトはこうしようというバカ話で盛り上がる。まあ一言で言うと、『現実とゲームは謎ゲーム』的なものだ。
その後、オウム事件はサイコーに面白かったという話、浅間山荘事件をリアルタイムで見たかったという話で盛り上がる。面白いゲームのアイデアが何かないかという話をしていたのに、いつのまにか本題そっちのけでそういう話になっちゃったんだよな。

1998年6月5日
企画は普段からもっとストックしておかなければと思う。

1998年6月6日
ヘナヘナな一日だったハナゲ。

1998年6月7日
コンピューターの梱包作業を手伝う。
というのも、別のラインのプログラマーが追い込みのために某所に連行され、監禁モードに入ることになったからだ。
大変だなあと思っていたが、当人は「中学校の修学旅行以来だ」などとすっかり旅行気分で、まんざらでもなさそうだったのが笑えた。

1998年6月8日
一皿99円の回転寿司屋で寿司を食べていると、なんかよさげなネタが回ってきたので、すかさず取って食べた。
しかし、席を立っていく客の勘定の中に、なぜかひんぱんに「6皿と680円」という感じで謎の680円が混ざっているのに気付く。
そういえば店員のオバさんが、今度から値段が4種類になりましたとは言っていた。
さらに、ときどき流れてくる皿の上に、『大トロ限定品(680円)』という告知立て札が乗っかっているものがあった。私はこの札を見ててっきり、「欲しい人は、この立て札を見て注文してね」というシステムだと思っていた。しかし、謎の680円を請求されていた客はとくにそんなものを注文した様子はなかったのだ。
もしやと思い、食べたその皿と、告知立て札が乗った皿の柄を見比べてみると……ガーン!
同じだ…
[オバさんのよく分からないアナウンス]と[流れてくる皿の柄]という少ない手掛かりから、そこまで推理する必要があったとは! すし屋にあるまじきゲーム性!
でもちょっとインターフェイス設計的に失敗だと思う……というか、あきらかにダマそうとしているじゃないか! そもそもそんなの食いたいと思う奴が、回転寿司なんかに来るか?
もう二度と行かない。

1998年6月9日
『ワールドネバーランド』(をやっているところ)を見る。
話には聞いていたが、結構いい。
誰もが一度は考える「異世界での日常生活シミュレーション」を高レベルでちゃんと実現させている。
追い込みが終わったら、少し考えてみたいタイトルだ。

1998年6月10日
今日からワールドカップだ。
本来ならフランスに行きたいところだが、今は追い込み。
諦める他はない。まあシドニーまで待つことにしよう。
ナムコアンソロジー収録作の『バベルの塔』の良い評判をよく耳にする。
追い込みが終わったら、遊んでみたいタイトルだ。
夢のような話シリーズに進展アリ。まあぼちぼちと、1歩進んで2歩さがる的な展開だ。
追い込み作の正式タイトルがついに決定!
でもまあタイトル画面はないので、どうなっても追い込みに影響はないんだけど。

1998年6月11日
ワールドカップのチケットが足りず、ツアーが次々と中止になっているという。
これは大変なことだ。
前々から準備をして、休暇を取ったり会社を辞めたりしてツアーに参加しようとしていた人は一体どうなるのだ。
まったく旅行代理店の無責任さにはあきれてしまう。
最低でも選手全員分くらいは用意しておくべきであったろう。
途中で日本に帰される者の気持ちも考えてもらいたい。

1998年6月12日
最近鼻毛に注目している。
朝起きたとき、ぼうぼうにハミ出ていたのが、顔を洗ってから鏡を見てみるとなくなっているからだ。
一体どんなトリックになっているのだろうか? まったく目が離せない。

1998年6月13日
今追い込んでいるのは実を言うとRPG(大作)だ。
これが成功すれば、FF[を超えられる。
(FFZは3日前に超えた)

1998年6月14日
会社から駅に向かう途中、近くのパチンコ屋の前にいきなり街頭テレビができていた。
スゴイ人だかりだ。力道山でも戦っているのだろう。
がんばれ力道山! 今度は刺されないでくれ!

1998年6月15日
夢のような話シリーズのうちの一つが星になった。

1998年6月16日
会社に遊びに来た物知り先生とロボ話(といっても私の方が一方的に聞いていただけだが)。
これから面白い分野は交通管理システムとロボOSだという。
ユビキタスコンピューティングのOSをWindowsCEが独占するのを阻止しなければ、技術や利用方法の健全な発展の道が閉ざされるという話になって終わる。
これからの偽現実工学の展開を考えると、この辺の分野が非常に重要であることを痛感。
追い込みが終わったら、この辺りのことについても調べてみたいと思う。

1998年6月17日
昨日から右手の中指の付け根がわけもなく腫れはじめている。
どうなるのか楽しみだ。

1998年6月18日
今日は現在製作中の大作RPGのロゴ案が送られてきた。なかなかいい。
マスターアップまで2週間を切った。プログラムの予定を変更し、作業的な部分から仕上げてもらうことにする。見栄え部分の完成度を上げてごまかすクライアントに完成状態をよりよくイメージしてもらうためだ。
皆様のお手元に届く日も近い(何が届くかは秘密だが)。体験版も出るので、ぜひゲットして欲しい(ただし何をどこでゲットすればいいかは独自に突き止めて下さい)
右手の腫れはあまり進展しておらず、今のところマイルドな拳だこといった感じ。

1998年6月19日
某3Dゲームが殿堂入りを果たせず、結構残念。
右手の腫れは引いてきてしまい、結局何だったのかよく分からずに終了する模様。新シリーズに期待。

1998年6月20日
今週のファミ通に『メタルギア・ソリッド』の監督・小島秀夫氏のインタビューが掲載されていた。
こらからはゲーム職人になるという。
この人も、大人のエンタテイメントを目指すクリエイターだったり、職人だったりと結構忙しい人だなと思った。
現在の完成度は60%だが、9/3の発売日には必ず間に合わせるとも言っていた。期日を守るのが職人であると。
ちなみに我らが追い込み作の現在の完成度は62.5%。締め切りは10日後。

1998年6月21日
最近、コロコロコミック関連のオモチャの進化のスピードが異常に加速しており、やめて欲しい感じだ。
現在の完成度は64.0%。締め切りは9日後。

1998年6月22日
今日は現実逃避のために、社員全員でサーフィンに赴く。
しかし、サーフィン初心者の我々に梅雨の海は厳しく、ビッグウェーヴが次々とメンバーを飲み込む。海に出たのは5人であったが、生き残ったのは2人。
これでなんとか言い訳が出来るかも知れない。
帰りに食べた峠の釜飯はとてもうまかった。
現在の完成度は64.1%。締め切りは8日後。

1998年6月23日
今日はβ版提出の日。
しかし、昨日の事件のせいか、なんと締め切りを1週間延ばしてもらえることになった。
これでなんとか間に合うかも知れない。というか、期日に間に合わせるのが職人なので、間に合わせることは確かなのだが…。ちなみに私は何の職人かというと、秘密職人だ。
現在の完成度は75%。締め切りは14日後。

1998年6月24日
作業すすまず。

1998年6月25日
今日は給料日だ(というか昨日だったんだけど、他の仕事があって経理業務が滞ったために延びた)。我が社は給料が手渡しなのは以前書いたが、今日またカッコイイ新システムが発覚。
それは……“お釣りシステム”だ!
S1「S2さん、はい給料。で、2800円ある?」
S2「ないです」
S1「じゃあ後でちょうだいね」
現在の完成度75.1%。締め切りは12日後。

1998年6月26日
先日、追い込み作業のために某所に連行されていたプログラマーから通信が入る。
本日任務が完了し、無事帰還できるという。
誠にめでたい話だ。しかし、実は途中から余裕が出て来て観光などをしていたらしい。
やはり、環境がいいと効率も違うのだろう。以上。

1998年6月27日
朝、様子を見に行ってみた。
自分が製作に携わったソフトを、お客が実際に買っているところを初めて見た。
これに関しては、ある人は「捕まえて握手したくなるぐらいの気持ち」またある人は「後ろから抱き付きたくなるぐらいの気持ち」といった形容をしていたが、それほどでもなかった。「ああ、こんなひとが買ってるんだ」といった感じだった。と同時に「ごめん。セーブ容量少ないけど、オレのせいじゃないから」という気もした。

1998年6月28日
ワールドカップも無事終了。これでやっと日本に帰れる。
3ヶ月ぶりの日本だ。一体どうなっているのだろうか?
ランバダブームはまだ続いているのだろうか?
しかし、これはすぐにすたれるだろうと私は踏んでいる。
あとなくなるだろうと予測されるのは、“コア構想”の類だ。
あとから別売されるパワーアップ機器の類で成功したものなど1つもない。
せいぜいPCエンジンのCDロムが中成功したくらいだろう。
それに、これもデュオなどの一体型が安価で発売されたことが大きい。
やはり必要な機能はあらかじめ本体に備わっていて、それだけで充分というものじゃないとダメなのだろう。
ダメなんです! ダメなものはダメなんです!

1998年6月29日
今日も二度寝による寝坊をしたので、朝リサーチを欠かさない。ウム、ヨドバシでは本数減っているが、マップでは減っていないな。まあいい。
意気揚々と出社するが、最新鋭・ビルの1フロア借り切り・秘密開発ルームへ入場するためのフィジカルロックシステムを解除するキーアイテムを所持していないことに気づく。家に忘れて来た。
しばらく待つが、誰も来ないので、いじけて帰宅。

1998年6月30日
チャンスはこちらの都合を無視してやって来る。そういうものだ。


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 日本偽現実工学会会報 [The Bulletin of Japanese Fake Reality Engineering Society]
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